「米津玄師」という名前を聞いて、あなたはどんな感情を抱きますか?
現代のJ-POPシーンを語る上で欠かせない存在である彼ですが、その評価は驚くほど二極化しています。
「神」と崇める熱狂的なファンがいる一方で、「良さがわからない」「好きになれない」と感じる層も確実に存在します。
なぜ、これほどまでに米津玄師の好き嫌いは分かれるのでしょうか?
そこには、単なる好みの問題を超えた、彼の音楽が持つ「特異な性質」と、急激な変化に対するファンの戸惑いが隠されていました。
本記事では、ファン離れが囁かれる原因や、苦手とされる理由、そして逆に彼を深く愛する人たちの特徴まで、徹底的に掘り下げていきます。
この記事のポイント
- 好き嫌いが分かれる根本的な原因は「音楽的複雑さ」と「世界観の暗さ」
- 「ファン離れ」は古参と新規の入れ替わり時期に起きている
- 「ワンパターン」という批判に対する客観的な分析
- 米津玄師本人が抱える「苦手なこと」が魅力に変わる瞬間
米津玄師の好き嫌いが激しい理由と世間のリアルな評価
国民的ヒットソングを連発し、誰もが知る存在となった米津玄師。
しかし、光が強ければ影も濃くなるように、彼に対する評価も真っ二つに分かれています。
SNSや検索キーワードには「つまらない」「苦手」といったネガティブな言葉も並びますが、その背景には何があるのでしょうか。
まずは、世間が感じているリアルな「壁」について分析していきます。
米津玄師の良さがわからないと言われる音楽的要因
「流行っているから聴いてみたけど、良さがわからない」
そう感じる人は意外と多いものです。
その最大の理由は、彼の楽曲が持つ「不協和音スレスレの複雑さ」にあります。
一般的なJ-POPは、耳馴染みの良いコード進行(カノン進行など)を多用しますが、米津玄師の楽曲は、不穏な音や複雑な転調をあえて多用します。
音楽理論に詳しい人からは「天才的」と評価されるこの要素も、BGMとして気楽に聞き流したい層にとっては「雑音」「疲れる」と感じられてしまうのです。
特に初期の楽曲に見られる、歌詞を詰め込むスタイルや独特の譜割(リズム)は、カラオケで歌おうとして挫折した経験がある人も多いのではないでしょうか。
この「難解さ」こそが、彼をトップアーティストに押し上げた要因であり、同時に「わからない」という壁を作っている要因でもあります。

これが、手軽さを求めるライト層にはハードルになっているようですね。

一回聴いて「?」ってなって、三回聴いたら抜け出せなくなる。
この沼の深さが米津さんの真骨頂ですよ!
米津玄師を好きになれない層が感じる独特の雰囲気
音楽性以前に、彼が纏(まと)う独特の空気感が「生理的に合わない」という声も聞かれます。
かつて前髪で顔を隠していた時期の印象が強く、「暗い」「陰気」「ナルシストに見える」といったイメージがいまだに根強く残っています。
特に、「Lemon」の大ヒット以降、メディア露出が増えた際に見せた、どこか世の中を斜めに見ているような(実際は極度の人見知りなだけなのですが)態度は、明るく元気なアイドルを好む層からは敬遠されがちです。
また、熱狂的なファンが彼を「教祖」のように崇める風潮に対し、冷めた目線を向けてしまい、その結果として「米津玄師そのものを好きになれない」という心理的リアクタンスが働いているケースも少なくありません。
「米津玄師はつまらない・ワンパターン」という批判の正体
「米津玄師はワンパターンでつまらない」という意見。
これについては、疑問を感じる方も多いでしょう。
独特な「シャッフルビート(跳ねるリズム)」や、演歌のこぶしにも似た歌い回し。
これらは彼の最大の武器ですが、どの曲を聴いても「米津玄師だ」と分かってしまうがゆえに、表面的には同じように聞こえてしまうのです。
実際には、ロック、エレクトロ、ファンク、オーケストラと多彩なジャンルを行き来していますが、強すぎる個性が「金太郎飴」のような印象を与えている側面があります。
古参ファンが感じるファン離れのタイミングと心理
「最近、米津玄師からファン離れが進んでいる」という噂。
これは、彼が「ハチ(ボカロP)」として活動していたニコニコ動画時代からの古参ファンと、テレビドラマ主題歌から入った新規ファンの間の断絶が関係しています。
かつては「知る人ぞ知る、日陰者のカリスマ」だった彼が、紅白歌合戦に出場し、お茶の間の人気者になっていく過程で、「自分たちだけの米津さんではなくなってしまった」という寂しさを感じて離れていく現象です。
また、ライブチケットが全く取れなくなったことによる諦めや、楽曲がよりポップで大衆向けに洗練されていくことへの反発心も、ファン離れの大きな要因となっています。

アーティストが成長するには避けられない道ですが、初期の尖った歌詞が好きだった層には、最近の曲は「綺麗すぎる」と映ることもあるようです。

でも、変化し続けるのが米津さんの凄さなんですよ!
昔の曲も今の曲も、全部ひっくるめて愛してこそファンだと思うんですけどね…。
YOASOBIなど他アーティストとの好き嫌いの違い
好き嫌いが分かれるアーティストとして、よく比較対象に挙がるのが「YOASOBI」です。
しかし、この二組に対する「嫌い」の質は少し異なります。
YOASOBIに対する批判の多くは、「小説の音楽化」というコンセプトや、TikTokなどで消費されるスピード感、Ayaseさんの作るデジタルな高音域への生理的な反応が中心です。
一方、米津玄師への批判は、彼の「人間性」や「宗教性」に向けられることが多いのが特徴です。
YOASOBIが「コンテンツとして消費される際の違和感」であるのに対し、米津玄師は「教祖的な存在感への拒絶感」と言えるかもしれません。
どちらも強烈な個性があるからこそ生まれるアンチテーゼですが、そのベクトルは真逆を向いています。
米津玄師好きな人の特徴と苦手な人が感じる壁
ここまでは「嫌われる理由」に焦点を当ててきましたが、逆に彼を熱烈に支持する人たちは、どのような特徴を持っているのでしょうか。
米津玄師というフィルターを通すことで、リスナー自身の性格や価値観が見えてくることがあります。
ファン層の特徴と、彼らが愛してやまない「人間味」について深掘りします。
熱狂的な米津玄師好きな人に共通する特徴
米津玄師を深く愛するファンには、いくつかの共通点が見受けられます。
それは単に「音楽が好き」という以上に、彼の生き方や言葉に共鳴している点です。
以下のスコア表で、ファンの傾向を分析してみました。
| 歌詞の深読みが好き | 5.0 |
| 孤独や生きづらさを感じたことがある | 4.5 |
| 完璧なアイドルより人間臭さに惹かれる | 4.0 |
| 芸術やイラストへの関心が高い | 3.5 |
| 総合的な「信者」度 | 4.5 |
特に、「孤独」や「生きづらさ」を抱えた経験がある人ほど、彼の楽曲に救済を見出す傾向にあります。
彼の歌詞は、明るい応援歌ではなく、「暗闇に寄り添うような優しさ」で満ちているからです。
「自分だけじゃないんだ」という共感こそが、ファンの心を離さない最大の要因でしょう。
実は多い?米津玄師本人が語る「苦手なこと」
完璧主義者に見える米津玄師ですが、実はインタビューなどで「苦手なこと」を赤裸々に語っています。
例えば、集団行動や、目的のない会話、そして生放送でのトークなどです。
過去には「自分以外の人間はみんな嫌いだった」と語るほど、他者とのコミュニケーションに苦しんできたことを明かしています。
しかし、この「社会への不適合感」こそが、多くの現代人の共感を呼んでいます。
「苦手なことがあるからこそ、それを補うために音楽を作っている」
そんな彼の姿勢を知ると、これまで「気取っている」と敬遠していた人も、少し見方が変わるのではないでしょうか。
弱さを隠さない強さが、そこにはあります。
今後の活動と評価のゆくえ
ファン離れや批判の声がありつつも、彼の作り出す音楽が常に時代の最先端にあることは疑いようがありません。
最近では、顔出しを積極的に行ったり、バラエティ番組のような企画に参加したりと、これまでの「ミステリアスな教祖」のイメージを自ら壊そうとしている動きも見られます。
これは、彼自身が「好き嫌い」の枠を超えて、より普遍的なポップスターへと進化しようとしている証拠かもしれません。
「苦手」と言っていたコミュニケーションに挑戦し続ける彼の姿は、これからも多くのリスナーに勇気を与え続けることでしょう。
【まとめ】米津玄師の好き嫌いに関する要約
本記事では、米津玄師の好き嫌いが分かれる理由やファンの特徴について解説してきました。
最後に、記事の内容を要約します。
- 好き嫌いの原因は、楽曲の「複雑さ」と独特の「暗い雰囲気」にある
- ファン離れは、インディーズ気質からメジャー化する過渡期に起きている
- 「ワンパターン」という批判は、強烈な個性(米津節)の裏返しである
- YOASOBIへの「嫌い」とは異なり、米津玄師には人間性への好悪が向けられる
- ファンには「生きづらさ」への共感を持つ感受性豊かな人が多い
- 本人が「苦手なこと」をさらけ出す姿勢が、新たな魅力を生んでいる
好きも嫌いも、それだけ彼の存在が巨大であることの証明です。
食わず嫌いをしていた方も、この機会に改めて彼の楽曲に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。
もしかすると、以前とは違った聞こえ方がするかもしれませんよ。
参考:
REISSUE RECORDS(米津玄師公式サイト)
Sony Music | 米津玄師
ORICON NEWS